旅ゆけば~よろずな diary~

旅の記録と日々のあれこれを綴った日記です。

南木佳士という人がとても気になる。医師?作家?そして、うつ病の学びがさらに深く・・・のお話。

阿弥陀堂だより (文春文庫)

 

9月ごろから、数年前に自分も罹患しこじらせた経験がある「うつ病」を学びとして掘り下げている。

 

自分がうつ病になったことや、その後一人にしておくのは危険と判断され精神科に入院することに至った時は、まさかこの自分が?と思っていたので、すっかり元の自分に戻った今、そのメカニズムがどうしても知りたくてコロナ禍をきっかけにはじめたことのひとつ。

 

11月になってちょっと理不尽な自動車事故というトラブルがあったにも関わらず、地味に続いているのだ(^^)

 

最近は、うつ病を題材にした小説などを読んだりして。

読書も好きだから一石二鳥。

 

そんな中、医師であり作家である南木佳士さんの「阿弥陀堂だより」という1990年代の作品に出会った。

南木佳士(なぎけいし)さんはご存じない方でも「阿弥陀堂だより」は、映画にもなっているし、こちらの写真のほうが馴染みがあるのかな?

 

阿弥陀堂だより

 

あらすじをざっくり書くと・・・

 

売れない小説家の夫と予期せぬ死産がきっかけで心の病にかかった女医である妻が療養のため都会を離れて夫の故郷である信州へ移り住む。

無医村でもある自然に囲まれた村の暮らしの中、週3回の診療をはじめた妻が、村の人たちとの触れ合いの中でだんだんと心の病から再生していくというストーリー。

 

(ほんとにざっくりでごめんなさい ^.^;)

 

映画は観ていないけれど、文庫本読んでほっこりした。

穏やかな夫婦の生活にも癒され、ストーリーもすこぶる良かったのだが、わたしが驚いたのはそこではなく、妻・美智子の精神の病に苦しむ姿の描写だった。

 

まずは、発症したころから。(本文引用 一部省略)

 

退院した美智子は前のようにハードな勤務を再開したが、夜は睡眠薬を飲まないと眠れなくなっていた。そして二週間ばかり経った朝、地下鉄の駅から電話があり、孝夫が迎えに駆けつけると、美智子は脇の歩道にうずくまっていた。

地下鉄に乗ろうとしたところで急に動悸が激しくなり、冷や汗が出てめまいがし、立っていられなくなったとのことだった。

(中略)

おびえた目つきで蒲団をかぶっている美智子の精神の異常は孝夫にもわかっていた。

胸苦しい、眠れない、脈が乱れる、必死の形相で深呼吸をくり返し、ほとんど眠らなかった。 

書いてあることは、パニック障害の症状そのもので「地下鉄」という場所以外は一字一句自分が経験したうつ病のきっかけとまるっきり同じ。

 

他にも、美智子が家に刃物やひも状のものがあると自分を傷つけてしまいそうなので夫・孝夫と美智子の母どちらかがが見張っていないと・・・とか、

高齢の美智子の母が「人生には真面目に頑張っていても成功しなかったり叶わないことに遭遇することもあるのよ」とやさしく諭す場面。

 

私が経験したあの時とまったく一緒だった。

 

「阿弥陀堂だより」という癒しの小説の中で、ここまで生々しく忠実に書けるって、この作家は何者なんだ?と思い、読むのを途中に南木佳士という人を調べ始める。

 

 南木佳士 - Wikipedia

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現役医師であり、やはりパニック障害からうつ病を発症した経験をお持ちの作家さん。

下の記事は共感できるとかそんな簡単な言葉ではあらわせないほど自分と重ねて大切に大切に読んだ。

 

 向き合って|ゆうゆうLife - 産経新聞社 (sankei.co.jp)

 


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《阿弥陀堂》
(C)2002「阿弥陀堂だより」製作委員会

 

そんな作家の人となりを知り、かなり読みすすめてからのシーン。

信州へ移り住み、妻の美智子が少しづつ自分を取り戻した時のこの部分。

 

「睡眠薬を飲まなくなったのはいつからだい」

美智子は立ち止まり、腕を組んで青葉を振りあおいだ。

「そうだ。初めてイワナを釣った日だわ」

二十秒ほど黙っていた彼女は、思いっきり背筋を伸ばして組んでいた両腕を空に突き上げた。

(中略)

「最初に抗不安薬をやめたでしょう。次いで抗うつ薬をやめたんだけど、睡眠薬だけはどうしてもやめられなかったのよね。私、やっぱりこの村に来てよかった。大きな声を出すとよいことって逃げてくから小さな声で言うけど、ありがとう」

美智子がいきなり握手を求めてきた。  

 

この部分を読んだ時、不覚にも目がしらが熱くなり鼻水をすすっていた。

普通に読んだらさらっと流せると思うし、感情移入する部分ではないと客観的には思うのだが、そこは医師でもある作者。さり気ない夫婦の会話の描写で精神の病で使う薬を「薬」とひとつにくくってしまわず「抗不安薬」「効うつ薬」「睡眠薬」と。

 

これはへんな言いまわしだが、マニアックというか極みというか。

 

きっと私のようにうつ病に罹患し、ドクターショッピングをして薬で悩まされた人、あるいは薬で良くなってきた人にとっては、自分が暗闇から抜け出た時のことや、病から再生する力、息吹のようなものを感じてしまうだろう。

 

私もこの部分を読んで映画の回想シーンのように思い出したエピソードがある。

 

精神科の病棟。

自分のすべての欲がからっぽになって、ただただベッドに寝たままだった自分が、週2回の看護師さん同伴での病院内のセブンイレブンへの買い物を心待ちにするようになった時。

五十のおばちゃんが「次はレジ前のチロルチョコと月餅どっちにしようかな?」

・・・って、1日中天井見ながら真剣に考えてる(笑)

 

その卑しさというか、チロルチョコや月餅が、私にとっては生きようとする欲の象徴、再生の第一歩だったんだと今さら気づかされた。

 

「阿弥陀堂だより」の前出の部分で美智子がイワナを釣った時、ここがいわゆるうつのトンネルから抜けだしたときなんじゃないかなと思って、私も一緒に晴れやかな気持ちになった。

 

最後に、作者である南木さん自身もうつ病が重篤になった時に希死念慮にとらわれ自殺を考えたことがあると聞いた。

その時のことを

「自らの意思とは関係なく自動的に自分を処分しようとするシステムが起動する」

と悟ったそうだ。

また、

「己の価値がなくなってしまう気がして己を責めだし、この身が存在しているから嫌な感じがするのなら存在そのものを消すのが一番なのではと思うようになる」

とも。

 

うつ病を掘り下げていくうちにたどり着いた希死念慮への私の気持ちが、この何十年も前にインタビューされた答え、そのものだった。

 

こんなに自分と同じ経験や考えをお持ちの作家さんがいらしたとは・・・

これから少しづつ南木作品を読む楽しみも増えてなんだか嬉しい♡

 

もし、手に取る本に悩んだら南木作品いかがでしょう?

 

そして長い長いセンシティブかつデリケートな記事になってしまったのに、最後までお読みいただきありがとうございました♪