ベネチア (トリップアドバイザー提供)
いつも、私のつたないブログをお読みいただき、ありがとうございます。
最近、九州地方の大地震のその後の報道にふれるたび「困ったときはお互いさま 」とか「自分に何かできるかな」とかたくさんの感情と同居しながら日々をおくる毎日ですが、
ふと、旅先でもあたたかいヘルプや親切、特に心細い異国では本当にありがたかったな~なんて回想しています。
私の初ひとり旅は、ポルトガル・リスボン。
それも今思うと、けっこう無謀だったかもしれない。
でも、ハプニングはあったけれど、自分の旅人生においてかなり印象深いものにもなりました。
今日のお話は、その初ひとり旅をさかのぼること、数年。
旅の達人の先輩お姉さま2人に誘っていただき、イタリアのベネチアへ行くことになりました。
ツアーではなく、達人がいつも利用している小さな旅行会社の格安な『自分で作る旅』に便乗。
まだまだインターネットが普及してない時代。
旅行会社にプランをリクエストして、FAXで「こんな感じでどうでしょう?」「う~ん。ここをこうしてもらえますか?」なんていうのが流行っていました。
たしかそのプラン。エールフランス便で乗り継ぎ、帰りにパリで1泊した記憶があります。
そうだ、そうだ。
思い出した!
朝のシャンゼリゼ通りで「オー、シャンゼリーゼ~♪」って唄ったんだっけ。(若かったのね・・・)
ここで、シャンゼリーゼ通りの写真を探しましたが見つからず。
そんなこんなでシャルルドゴール空港で乗り継ぎ、ベネチアの空港に着いたのは夜11時すぎ。
イタリアといえども大都会の空港と違って、当時のベネチアの空港は田舎の小さな駅のような空港だったんです。
極力コストを抑えるために送迎もナシにしたので、これから自力でまず船着き場までバスで行かなければなりません。
ベネチアはご存知の通り、他の街とは訳が違う。
道路じゃなくて水路。
船着き場からホテルまで、小舟に乗って行くんですもん~
ベネチア (トリップアドバイザー提供)
達人ふたりに任せっきりの旅慣れない新人の私。
「ちょっと〇〇(私)、ここでスーツケース見てて。何か声かけられてもわからないフリするんだよ」
「はい!わかりました」
ふたりが何か、大きな失敗に気づいて、空港内をウロウロしています。
どうやら、両替できるところを探しているのでしょうか。
両替所は数か所あったようですが、11時までで、すべて閉まっていました。
達人の先輩たち、 いつも行くところが大都市だったので「両替は到着してすればいいよね」っていう予定だったんですよね(-_-;)
もちろんあの時代、まだ、ユーロ € じゃなくて、イタリアの通貨はリラ。
深夜にリラを用意するのは、こんなに大変だと想像してなかった。
3人合わせて日本円は、けっこう持っているのに・・・。
リラ貧乏とでも名付けましょうか。
いまでもその旅の時のリラ、ジャムの空き瓶に入れて大切に持っています。
そんな、深夜のベネチアの空港に大きなスーツケース3つの側で不安そうにしているアジア女性。
きっと、私いかにも・・の顔をしてたんでしょうね。
旅の神様1号(と、勝手に命名しました)
欧米のシニア旅ご夫妻が、
「どうかしましたか??」
と、声をかけてくれたんです。
きゃー!生の、ワッツ・ハプン??だぁ!!
とにかく、サバイバル英語と、身振り手振りで状況を説明。
「Are you student ?」に思わず社会人なのにイエース!と嘘をついてしまいました。
「リラもドルも持たないで、ベネチアに来るなんて! 」
・・・笑っているご夫婦と私。
この時ばかりは、中学・高校で英語の授業だけは、まじめにやっててよかったと思いましたね。
そして、知らない人に声かけられても知らんふりしなさいと言っていた先輩ふたりが、ポカーンとしながら戻ってきました。
ワタシ「学生だって嘘ついちゃいました・・」
先輩「でも、なんとか助けてもらえそうだね、サンキュー良かった~」
(@^^)/
長くなっちゃったのでそのご夫婦の神対応は②につづきまーす!