先週のこと。
朝からラジオで、中島みゆきさんの「ひとり上手」を流していた。
誰かのリクエストかな?
懐かしいイントロ。
たしか「臨月」という意味深で生々しいようなタイトルのアルバムに収録されていて、シングルにもなった曲だと記憶している。
そう、これこれ。
なんで「臨月」なんだろう。
この「臨月」のLPレコードを、10代だった私が近所のカシレコ(貸しレコード屋さん)で借りて聴いていたんだから、驚きだ。
いま思うとマセていたというか、大人の女性に憧れていたというか・・。
まだTSUTAYAもない、レンタルという言葉もそんなに耳慣れていない時代。
カシレコに行って毎回LPを3枚借り、叔父から譲り受けたケンウッドのプレーヤーで聴く。それがその頃の楽しみだった。
「ひとり上手」といえば・・・
♪ 私の帰る家は~
あなたの声のする街角~ ♪
せつない女の物語のはじまりの唄いだし。
中島みゆき ひとり上手 歌詞 - 歌ネット (uta-net.com)
でも、
どちらかといえば歌詞の内容よりも「ひとり上手」っていう言葉にずっと憧れて続けていた感は、すごくあるかなー。
その憧れは、その後の私の人生にも多大な影響を及ぼす。
少し、昔話を。
30代半ば、その頃私は会社では思ってもみなかった役職がついて、上司という責任ある立場で仕事の指揮をとっていた。
でも一方でプライベートは恋愛にいき詰まっていて・・。
なんというか、相手の趣味や好きなものに話を合わせよう合わせようと、自分を殺していたように思う。
「私もギターを始めたよ」
「この間言ってた〇〇の△△、私も買った。」
「今度上野で◇◇展やるよね、一緒に行こうよ」
※エピソードとして象徴的なものをひとつ。私には難しすぎた宇野亜喜良さんの画集とか。
いま見ると素敵なんだけれど・・・
お仕事が充実すればするほど離れてく相手の心を、なんとかつなぎとめようと頑張っていたけど、やがて自分が疲れてしまった。これで本当にいいのかな?とも思っていた。
そんな時、会社の飲み会で隣になった部下の若い男子が「自分、彼女と別れちゃったんっすよー」と、さらりと破局を暴露した。
そして、「あんなに仲良かったのに、なんで別れちゃったの?」と聞くと、
「俺、男に依存してたり男の趣味に合わせてるヒトっていうか、機嫌とったりされんのも嫌いなんっすよー。基本、女の人には自立しててほしい。そういうヒトのほうが魅力的なんっすよね」
この部下の男子が言った何気ない言葉が、当時の私の脳天を直撃!!!!
火花が出るほどのパンチをくらった気持ちになった。
それからの私は、例え彼が興味なくても自分の好きなことをやろう!
自分の好きな本を読み、自分の好きな音楽を聴き、自分の生き方をしよう!
そう思うようになった。
もともと五木寛之や沢木耕太郎の本が好きだった。
そして本に出てきた外国に一人で行ってみたいと思うようになり、そこから飛躍して、ついにポルトガルのリスボンまで初ひとり旅を遂げる。
旅の計画も手配も、もちろん現地でも・・・自分の好きなように行動することが本当に楽しかった。
また、ひとりで外国に行くとおのずと「ひとりご飯」「ひとり飲み」といういわゆる「おひとりさま時間」を過ごすことになる。
ふだんの日常でも「おひとりさま時間」が上手に過ごせるようになった結果、皮肉にも彼とは疎遠になってしまったけれど、まあそれまでの関係だったと今は思えるようになった。
時は流れて、
そんな私も縁あって趣味嗜好がまったく噛み合わない男性と結婚。
「ガテン系・車いじり・メカ好き・海外旅行興味なし・城や炭鉱、日本史(特に北条家)大好き」という夫と現在夫婦として暮らしている。
夫がTV「おぎやはぎの愛車遍歴」を観て喜んでいるその横で、私がイヤホンをしてパソコンで「愛の不時着」(ただいま3周目!)を観て泣いている今日このごろ。
おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR,NO LIFE!《BS日テレ》
暗黙の了解でお互いの聖域には入らない。
でも、お互いをひそかにリスペクト。
そうやって「おひとりさま時間」を上手に過ごす。
中島みゆきさんの「ひとり上手」はそういうことを唄っているわけではない。
しかも、「ひとりが好きなわけじゃないのよ」で唄が終わる。
もちろん私もひとりが好きなわけじゃないけれど、これから年齢を重ねれば重ねるほど「ひとり上手」に過ごすことが、大事になってくるかもしれないな。